■第2回

 ―――紅殻町が六つの区画・字に別れていることは前述したが、今回は川の西側の二つの区画について紹介したい。

  まずは字(あざ)・「木登(きのぼり)」。



  字紅殻の南に位置する、蔵や倉庫が建ち並び、用水路や堀が目立つ景観の町並みである。区画の広さ自体は字紅殻よりも狭めだが、紅殻町全体の貯蔵庫と言っていい。
  町内で売買されたり町外に出荷されていく商品が収められた倉庫や、旧家の家財道具や貴重品などが収蔵された土蔵などで占められ、赤煉瓦や白壁が混在している。蔵の町、小江戸と称される川越と、横浜や敦賀の旧赤煉瓦倉庫とが入り乱れた情景、といえばイメージしていただけるだろうか。
  住む者の数は町の顔、紅殻格子の字紅殻よりも少な目だが、紅殻町の名家、富家は本町よりもこちらに多く、古くからの町の顔役達の多くもここに住む。
  元来蔵というものは、富貴の家の財の象徴でもあったわけだが、この字木登の蔵もその例に倣(なら)い、富家は棟梁、左官、建具職、塗工達日本家屋に関わる職人達を大いに雇い、こぞって腕を競わせた。もとより蔵は装飾のための建物ではなく、字木登の蔵も一見すると地味に見えるが、しかしよくよく仔細に見れば職人達の美意識と工夫が隅々まで行き渡った実用の美が遍在している。
  煉瓦造りの倉庫の方は蔵よりもやや時代が下るものが多いが、こちらも蔵と同様に職人の手業が存分に発揮された建物が多く、アーチ状の窓が設けられたり、様々な意匠の鏝絵(こてえ。着色された漆喰を用いた装飾壁。防災や招福を願って描かれた)が配されたりと、単なる貯蔵庫とは思えない、どこかエキゾチックな城館の一画めいた雰囲気を漂わせている。
  また字木登の蔵中には、単に貯蔵の空間ではなく、座敷蔵(ざしきぐら)と呼ばれる、中を客を迎えるための座敷として造られた蔵も幾つか見受けられるが、この座敷蔵(ざしきぐら)は客間としてもっとも格式の高いものとされ、これを有する家の社会的地位の指標ともなった。
  これらの蔵と倉庫の合間を、静かに流れる水路が縫い、人が少ないせいで眠ったような印象を与える町並みである。用水路には小屋掛けの水場が幾つか設けられており、かつては主婦達が色々の洗い物に使い、また井戸端会議の席ともなっていたようだが、町全体の過疎化の波を受け、今はひっそりとしたものだ。
  そういう静謐をたたえた印象を与える区画だが、その一方で秘密めかした「地下」があるとされている。蔵町の倉庫あるいは土蔵の中の一部には、地面を掘り下げ地下室、地下蔵を設けていたりするものがあるのだが、これら地下の空間から更にいずこかへと繋がる通路が延びているものがあるのである(なおこの地下通路に関しては、紅殻町住民の中でも一部しか知られていない)。地下通路は地下室同士を繋いでいたり、蔵町あるいは本町あたりまで延びて、地上の(そして突拍子もないところの)出口に通じているものがほとんどだが、中にはもっと得体の知れない場処に繋がる地下道もあるとされる。……ただこちらは、さすがに噂の域を出ないが。
  他には、町外れには古い木造の半鐘台があり、これは川に西側で最も高い建物で、ここに登ると紅殻町が一望にできる。

  次は字(あざ)「共由(ともよし)」。



  こちらは木登と反対の、字紅殻の北に位置し、区画のほとんどを占める沼と湿地の中に、板橋を架け渡しただけの区画である。
  町並みというほどの家屋はなく、川の西側区域の中でももっとも寂れた場処であり、住んでいる者は沼で漁を営んだり少ない農地で細々と自営する老人世帯が僅かにある程度だ。
  景観は、谷地(低湿地帯)の中に幾重にも折れた板道が延び、所々に丘や茅葺きの民家が点在するという、日光の戦場ヶ原か尾瀬の湿原にも似たある意味で非常に情趣に富んだ景色なのだが、この蛍沼のみ紅殻町の他は晴れていても霧がかかっていることが多く、どこかしら陰鬱な印象があることは否めない。なおこの谷地には、多くの水棲の生き物や昆虫が棲息しているとの記録があるが、これまで詳しい調査の手が入った事はないようである。
  また、谷地の中心部にはちょっとした森のような丘が隆起し、この丘の頂上には、かつての洪水の際(大同年間とされる)最上川の川縁に流れ着いたという、十一面観音像を祀った「紅殻観音堂」、通称「古観音」が鎮座ましましている。普段は無住で、年寄りの善男善女が詣でるくらいの閑散とした堂宇だが、それでも毎年夏の例祭日には夜祭りが開かれる。そしてこの例祭日の晩だけは、普段霧や曇りが多い蛍沼でも晴れた夜になり、沼に棲む蛍の乱舞が見られるという。

  そしてこの紅殻観音堂は珍奇物品とも関わりがある。

  珍奇物品は前回紹介した『万能星片』のように、どちらかと言えば明治の文明開化以降の、舶来品・新発明品といった、モダンで新しくも懐かしい器械(動力を持たない)や機械(動力を持つ)であったりすることが多いのだが、この紅殻観音堂にまつわる珍奇物品は古い和の品である。かつてこの紅殻観音堂には、『孔雀蝋燭(くじゃくろうそく)』と称される和蝋燭が奉納される事があり、これはどうやらなんらかの装飾を施した、赤い蝋燭であり、これを点すとなんらかの不思議が生じたようなのだが残念ながら詳しい事は判っていない。



  これはあくまで僕の私見であり、なんの根拠も持たない予想ではあるが、おそらくは孔雀の羽根の目の紋様の呪力にあやかった品ではなかったろうか。
  それにしても霧深い沼地の小高い丘のてっぺんに建つ、古い堂宇(どうう)にひっそりと赤い和蝋燭が点されるという情景は、小川未明の、あのなにやら怪奇映画の趣を漂わす『赤い人魚と蝋燭』を彷彿(ほうふつ)とさせ、なにやら胸に惻々(そくそく)と迫るものがあるような気がするのは僕だけであろうか―――

  ……今回はこの辺りで。

  次回からは川の東側、和の趣を濃く残した西側とは裏腹な景観を見せる、青元などを紹介していきたい。

>>紅殻町博物誌トップへ戻る